d:matcha通信 2026年1月
d:matcha Kyoto newsletter - January 2026
こんにちは!いつもd:matchaをご利用頂き、ありがとうございます。d:matchaニュースレターチームより畑や新開発の商品、スタッフの近況をご紹介していきます。どうぞ、ご愛読ください。
d:matcha ホリデーディナー(Emma C.)
今年、私は d:matcha で感謝祭のディナーを開催しました。感謝祭は日本では一般的な行事ではありませんが、私にとっては人々が集まり、一年の終わりを一緒に祝うための、とても素敵な機会です。感謝祭の本質は、食卓を囲み、誰かのために料理をし、同じ時間を共有することにあります。その考え方は、人と人がつながり、ゆっくりとした時間を過ごし、安心していられる場所をつくりたいという、私たち d:matcha の日々の想いと深く重なっています。
メニューは、アメリカの伝統的な感謝祭ディナーの構成をベースにしながら、日本の食材や味わいで再解釈しました。アメリカのスイートポテトの代わりに、かぼちゃや焼き芋を使用し、「フュージョン」をテーマにしています。フランス料理から着想を得た味噌と椎茸のステーキ・オ・ポワブルや、イタリア料理にインスパイアされたモッツァレラと柿、アールグレイのサラダなどを取り入れました。日本らしさを感じる、少し洗練されたコンフォートフードに仕上がったと思います。
私は盛り付けがとても好きで、感謝祭の料理はどちらかというと見た目よりも量や味を重視するものですが、今回はいくつか「少し特別」な一皿にも挑戦しました。中でも一番気に入っているのは、柚子と生姜のサーモン・クルードの盛り付けです。ここ数か月、何度も試行錯誤を重ね、最終的に満足のいく形に仕上がりました。濃厚なサーモンに、薄くスライスしたきゅうりとラディッシュを重ね、マイクログリーンで彩りました。
テーブルには、定番ながらもアレンジを加えた副菜が並びました。ハーブを効かせた蒸しかぼちゃにアーモンドとペペロンチーノのグレモラータ(特に人気でした)、沖縄黒糖でグレーズした人参、ローズマリーバターのマッシュポテト、そして甘さと旨味のバランスが絶妙な味噌ブリュレのスイートポテトなどです。
デザートは、感謝祭と d:matcha の両方へのオマージュとして、ほうじ茶とかぼちゃのパンプキンパイを作りました。スパイスを効かせたかぼちゃのガナッシュに、ほうじ茶のホイップクリームを重ねています。ガナッシュが思ったよりも少し重くなってしまったのが心配でしたが、軽やかで香ばしいほうじ茶ホイップが、全体をうまくまとめてくれました。
この夜を特別なものにしてくれたのは、料理だけでなく、そこに集まった人たちでした。食は、人と人をつなぐ最もシンプルな方法のひとつですし、食を通して生まれる温かい時間をつくれることを、私は心から幸せに感じています。d:matcha のチームのみんなに、心から感謝しています。




----------------------------------------------------------------------------------------
1年の振り返り (Sora N.)
こんにちわ!明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。D-matchaに入社して約1年半が経ちました。この一年を振り返ってみると出来ることが増えたのと同時に自分の課題も増えた一年だったように思います。2025年は主に碾茶工場や宿の朝食作り、商品開発など菓子製造だけではない仕事を任されることが多くありました。多くの仕事は慣れてきて、1人で出来る仕事も増えてきました。しかしこの慣れが逆に緊張感や責任感を薄めてしまい、簡単な作業でもミスをしてしまうということが多くあった気がします。また、身の回りの継続的な清掃や時間管理などプライベートでも苦手なことが仕事に影響してしまってることもあったので普段の生活から気をつけていきたいです。私の課題は自主性が低かったり、時間がない時に焦ってしまったり、技術面より意識面の方がまだ未熟だなと感じることがあります。なのでこれからは頼まれた仕事という認識ではなく、頼まれた仕事だからといって手を抜かず、自分の店の仕事だと思って工夫し、責任を持ってやり遂げるという意識を持ってこれからは仕事をしていきたいです。
昨年は挑戦を継続するという目標をたてました。この一年、慣れない仕事もありましたが自分で工夫しめげずに継続できたのではないかなと思います。これからも現状に満足せず小さな挑戦を積み重ねていければなあと思います。
今年の1月の半ばに台湾へ社員旅行に行きます。自分自身初の海外なので楽しみにしています。昨年の私のニュースレターを1度でも目を通してくださった方ありがとうございました!また来年もよろしくお願いいたします。


----------------------------------------------------------------------------------------
伊根で味わうオーガニック烏龍茶(S. Mahdaria)
d:matchaでティー・ビジネス・スクールに参加してから一週間後、私は京都北部の天橋立と伊根を訪れました。直島へ一人で旅した前回とは違い、今回の週末はどこか賑やかで、生き生きとした時間でした。d:matchaの“ホームガール”であるエマと一緒に過ごしたことで、旅がより完成されたものに感じられたのだと思います。
天橋立では、誰もが勧める定番体験「股のぞき」をしました。天橋立ビューランドで前かがみになり、脚の間から砂州を眺めると、「天へ続く橋」のように見える不思議な光景が広がります。考えすぎず、ただ笑って楽しめる、軽やかなひとときでした。フーディーの私にとって、もう一つ心をつかまれたのは、意外にも“米ジェラート”。カフェや土産物店のあちこちで米のアイスクリームが売られていて、当然のようにいくつも試してしまいました。
そんな美しい景色や魅力的な体験の中でも、最も心に残った瞬間は伊根で訪れました。舟屋が静かに並ぶ一角で、台湾茶専門店 靑竈という小さな台湾茶の店に偶然出会ったのです。本当にお茶を愛する人を、静かに待っているような“隠れ家”でした。
店主は日本語のみで、私たちは流暢に会話ができず、本当はもっと質問して、扱っているお茶について深く話したかったのですが、それでも彼は親切に、台湾茶を約50種類扱っていることを教えてくれました。バスの時間まで残り20分ほどしかなかったので、私はただ「烏龍茶をお願いします」と伝えました。それだけは分かっていたからです。この体験が、日本語をもっと上達させたいという気持ちを強くしてくれました。
店主は台湾茶ならではの見慣れない茶器を並べ、丁寧に淹れ方を教えてくれました。私はすっかり魅了されました。いただいたオーガニック烏龍茶は、沸騰したお湯で5煎以上淹れても、自然な甘みと豊かな花の香りが続き、ほとんど苦味がありません。さらに驚いたのは、軽発酵の烏龍茶にもかかわらず、水色が澄んだ緑色だったこと。これまで私が知っていた烏龍茶は、淡い茶色が当たり前だったからです。この一杯は、私の中の“常識”を静かに塗り替えてくれました。
エマと並んで座り、目の前に広がる伊根の穏やかな海を眺めながらお茶を飲む時間は、驚くほど尊く感じられました。一秒一秒が大切で、その瞬間、お茶はただの飲み物ではなく、つながりであり、今ここにいるという感覚であり、静けさそのものでした。
また必ず戻って来よう——そう心に決めて店を後にしました。いつか、大切な人とこの茶屋でお茶を分かち合い、人生について語り合い、本のページをゆっくりめくる時間を過ごしたい。伊根を訪れる機会があれば、ぜひこの茶屋に足を運んでみてください。最も意味深い旅は、往々にして、いちばん静かな場所に隠れているものです。


—----------------------------------------------------------------------------------------
茶道における客の役割を知る (Seiya H.)
茶道では亭主がお客様に抹茶を差し上げ楽しんで頂く事になっていますが。そのお客様が座られる位置によって、それぞれ役割が変わってきます。今回は客の心得を中心に説明していきます。
正式なお茶会(または茶事)では3人程招くのが主です
亭主がお茶会を開く時は、お祝いまたはおもてなしをしたい方を正客(しょうきゃく)として招く事が多いです。その際、亭主は正客以外のお客様も自ら選んで招待状を送ります。
正客(しょうきゃく)
お客様が外から茶室に入る事を
席入り(せきいり)と言います。必ず最初に入室されるのが正客になります。正客ではお祝い事では主役の立場が分かりやすいと思います。
和菓子を頂く、抹茶を飲む、道具を拝見(亭主がその茶会の為に準備した道具を見る機会があります)のも必ず正客が最初です。正客が座る場所も、亭主のお点前が見えやすい場所になる事が多いです。
正客のもう1つの魅力は 問答(もんどう)の時間があり、正客が亭主にそれぞれの道具の事を聞く時間があります。
茶道には一期一会という言葉があるように、
道具との出会いも一度きりの事があります。
お茶会によっては、亭主が滅多に使用せず本当に大切なお茶会の時にしか使用しない道具を正客の為だけに出す事もあるので、二度と巡り会うことが無いかもしれない道具との空間を楽しめる機会でもあります。
【注意】一般的に一度に何十人も案内するお茶会も今では行われていますが、正客の座に座ってしまうと亭主と問答する事になりますが、正客にはその茶室の話題を広げる役割でもあるので、ある程度の知識が無いと話題に躓いてしまうので、基本的には正客は経験と知識のある方に任せ、順番的には後半の方で席入りする方が無難です。
次客(じきゃく)
正客の隣に座り、席入り、拝見等も全て正客の次に行います。次客に求められるのは、亭主と正客のやり取りをしやすいように、その場の雰囲気を盛り上げて話術で進行をより円滑に進める事も求められます。
それ以降のお客様は
三客、四客と続きます。
末客(まっきゃく)
お詰め(おつめ)といも呼ばれており、
席入、拝見等を最後に行うのは末客です。抹茶を楽しみつつ、目立たず亭主の補佐が求められます。タイミングを静かに確認しながら、全員が席入りしたと亭主に伝えたり、道具等を返したり等、話術で支える次客とは異なり、洞察力で行動して全体の場を支える縁の下の力持ち的な存在です。
私は末客の立場が最も状況判断をしつつ良き勉強になりつつお茶を楽しむことも出来る為、末客が1番好きなポジションになります。
来月は客が席入りして抹茶を飲むまでの動作を解説します。
正客目線での亭主の立ち位置

近くの大学のお茶会。この場合は座る場所が亭主に最も近い人が正客になります。この時は同期2人と先輩1人と参加して、先輩が正客になりました。

—----------------------------------------------------------------------------------------
日本のお茶の歴史②~茶道の哲学~ (Misato T.)
茶道は、物事の心理を究める自己修行の要素があると前回説明しました。侘び錆び以外にも、茶道には重要な概念がいくつもあります。その一部を紹介します。
1.和敬清寂(わけいせいじゃく)
茶道をする上での心得として広く知られている言葉です。
「和」とは、お客様と主人がお互いに心を開いて仲良くするということです。
「敬」とは、お互いに敬うやまいあうという意味です。
「清」とは、目に見えるだけの清らかさではなく、心の中も清らかであるということです。
「寂」とは、どんなときにも動じない心。静かに落ち着いた心で向き合わねばなりません。

2.一期一会(いちごいちえ)
一期とは一生のことです。今日のお客様との出会いは、人生の中でたった一度きりしかない大切な出会いである。だから、その一瞬を大切にし、最善を尽くそう、という教えです。
出会いヘの感謝、この瞬間を大切に生きることを教えてくれます。
3.平等と平和
これは1.和敬清寂の「和敬」にあたる部分といえるでしょう。
茶室の入り口は「躙り口」です。非常に小さな入り口で、身分の高い人も低い人も同じように頭を下げて(お辞儀をするような格好で)入らなければなりません。ちなみに、この躙り口どのくらい小さいかというと、一辺2尺(約60~70cm)の正方形です。また、武士は茶室に刀を持って入ることはできません。
国宝の待庵の躙り口
また、客は濃茶を皆で回し飲みしてシェアします。一つのお碗のお抹茶を、同じ碗から直接飲むことは、互いに心を許しあわなければ中々できないことです。一つの抹茶を皆で楽しむことで、人々の団結も生み出します。
これらは、身分の差が激しかった当時、画期的なことでした。千利休は茶道を通じて、皆が平等に互いを慈しむ世界を築きたかったのです。
4.清める
茶道を含めて日本文化で重要なのが「清める」という概念です。
例えば、茶道では主人がお客様を迎える前、茶室に行く手前の小道に水を撒いて場を清めます。主人がお客様に点てる前、お客様の前で道具を清めます。
日本文化では不浄を非常に嫌います。塵や埃、整理整頓が出来ていない雑多な空間は、穢れにつながり災いをもたらすを考えられています。だから日本人は非常にきれい好きです。
茶道でいう「清める」というのは、単に掃除して見た目をきれいにすることだけにとどまりません。心を静め、その場の雑念や邪気を払い、目に見えない精神の汚れをも取り去ることを意味しているのです。

茶杓を清める様子
シンプルに説明すれば、茶道とは「お客様をお茶でもてなす方法」です。
しかし、その奥底にある、人に対する「尊敬」、精神をも洗浄する深い禅の心(マインドフルネス)は、いつの時代でも人々が大切にしたい概念といえるでしょう。
茶道が時代を超えて、国を超えて愛される要因は、こういった茶道の哲学に人々が深く共感するためなのです。

----------------------------------------------------------------------------------------
畑のこと - 放棄された茶畑 (Hiroki A.)
もし茶畑が放棄されたらどうなるのでしょうか。一度管理が止まって放棄茶園となると、凄まじいほど速いスピードで荒廃が進んでゆきます。通常茶畑の高さは大人の腰あたりまでの高さなのが一般的ですが、放棄茶園となってから一年で背丈程のの高さまで成長します。この時点で剪定作業などを行うとなんとか元の姿に戻すことができますが、それ以上成長を続けると元の姿に戻すことは非常に困難になります。茶園の表層から生えた枝が伸びて大きく成長すると、下位の枝葉に当たる日光を極端に遮ることとなります。この状況が続くと、やがて下位の枝葉は成長を止め朽ちていきます。数年後には自生している茶の木の様に高さは背の丈を大きく越え、数本の幹が大きく直立し上部にだけ枝葉をつけた風貌になってしまいます。さらに時間が経過すると他の植物の侵食が進み、雑多な林になってしまいます。放棄茶園は美しい茶産地の茶畑の景観を損なうだけでなく隣接する茶園の管理コストが増やしてしまいます。こうなってしまうと放棄茶園の改植する際、膨大な茶の木を除去することが必要になり、土地の利用価値を失わせてしまいます。
現在茶業においても担い手不足、高齢化が深刻で放棄される茶園は増えつつあります。放棄茶園の発生を以下に抑え、景観をを維持しつつ産地としての生産力を低下させないことが今後大きな課題になります。

