d:matcha通信 2025年10月
d:matcha Kyoto newsletter - October 2025
こんにちは!いつもd:matchaをご利用頂き、ありがとうございます。d:matchaニュースレターチームより畑や新開発の商品、スタッフの近況をご紹介していきます。どうぞ、ご愛読ください。
目的に根ざして:d:matchaで学んだこと(Snow L.)
今年の夏、スタンフォードMBAのサマージャーニーの一環として、京都・和束町の湯船にあるd:matchaで貴重な機会をいただきました。私はビジネスとブランド開発をサポートすることを目的に現地に向かいました。しかし、夏が進むにつれ、私はそれ以上に豊かな体験を得ました。それは、情熱、仕事、生活、家族、そしてコミュニティの境界が溶け合うような経験でした。
初めに、私は大樹さんに「私たちは直販の売上を伸ばすことに注力すべきか、それともブランド認知を高めるべきか」と尋ねました。彼の答えは迷いなくこうでした。「ブランド認知です」。ここで過ごす時間が増えるにつれ、それが単なる戦略ではなく、生き方そのものだと理解するようになりました。大樹さんにとって本当の使命は利益ではなく、日本の抹茶の静かで誠実な、有機的な美徳を世界と共有することです。利益は、誠実さの副産物に過ぎません。
d:matchaの日常は、この真実を体現しています。大樹さんと美里さんは夜明け前に起きて茶畑の世話をし、その後はツアーの案内、来客のための料理、ウェブサイトのデザイン、そしてあらゆる細部への配慮へと、一日のリズムを刻みます。その献身はチーム全体に広がり、会社というよりも家族のように感じられます。信頼と共有する目的、愛によって結ばれた家族です。
このビジョンは茶だけに留まりません。d:matchaは湯船の茶畑の70%を管理し、150人以上の高齢者のために土地を守りながら、神社や伝統的な住宅の修復も行っています。農作業は自然の循環に従い、チームは地域のアーティストやコミュニティを支援し、文化と持続可能性を紡ぎ合わせています。単なる企業ではなく、それはソーシャル・エンタープライズです。
茶畑の静けさの中で、私は起業家精神とは献身の行為であることに気づきました。スピードが重視される世界で、自分の核となる価値観や使命を守り続けることは、毎日の取り組みです。
大樹さんから学んだ真のリーダーシップとは、単に成長を追い求めることではありません。それは、私たちの茶が育つ土壌、その畑を守る人々、そしてコミュニティの精神を育むことです。根がしっかりと世話されれば、春に最も鮮やかな天茶の葉のように、収穫は自然に訪れると信じています。
この教えは、抹茶の余韻のように私の心に残ります。微かでありながら深く、確かなものです。私もスタートアップの創業者として、大貴さんが有機茶を育てるように、必要な忍耐を持ち、誠実さ、真心、共感、そして周囲の世界との調和を大切にして築くことを自らに言い聞かせています。単にビジネスを作るのではなく、目的に根ざしたコミュニティを築くのです。
社会的な影響、文化の保存、そして世界と共有する本物の価値—これこそがd:matchaを特別にするものです。これが、一枚一枚の茶葉に宿る目的なのです。
----------------------------------------------------------------------------------------
抹茶アレンジレシピ (Sora N.)
みなさんこんにちは!10月に入り少し寒くなってきましたね。9月の後半はツアーがたくさんありお店の方は忙しかったです。また9月の半ばにD-matchaのスタッフで静岡の茶業研究センターに行ってきました。お茶の歴史やお茶についての研究成果など和束町では知ることのないことが勉強できたのでいい機会になりました。
今回は豆乳を使ったヴィーガンプリンを紹介します。
⚫︎材料 豆乳200g
油120g
きび砂糖30g
抹茶6g
寒天小さじ1
本葛粉10g
⚫︎準備するもの
・鍋
・ミキサーかブレンダー
⚫︎手順
①豆乳と油をミキサーかブレンダーで少しとろみがつくまで混ぜる。(ブレンダーの方が速く混ざります) ✔︎油は糸を垂らすように混ぜながら少しずつ混ぜる。
② 抹茶ときび砂糖を一緒にし、ホイッパーなどでダマがなくなるまで潰すように混ぜる。
③①と②を鍋に入れて沸騰直前まで温め、寒天と本葛粉を入れて、溶けるまで混ぜる。 ✔︎本葛粉がダマになりやすいので入れる前に細かくする。
③溶けたら濾して容器に流し入れる。 ✔︎ここから固まりやすいので素早く作業する。
④冷蔵庫で2、3時間冷やす。トッピングをする。今回は追い抹茶ときな粉をかけました。
完成!!
今回は抹茶ヴィーガンプリンを作ってみました。この作り方のコツは最初に豆乳と油を乳化させることです。この作業がおろそかになると、瓶に入れた時に分離してしまって舌触りも見た目も悪くなってしまいます。ブレンダーだと速くできるのですがどうしてもハンドミキサーだと倍ぐらいの時間がかかってしまいます。混ぜすぎても悪影響は出ないので混ぜすぎぐらいが丁度いいかもしれません。またヴィーガンプリンは豆乳と寒天だけでもできますが、味が淡白になってしまいがちなので油を入れてコクを出し、本葛粉でより滑らかさを足しました。豆乳プリンはヘルシーな味なのでトッピングはきなこやジャムなど味が濃いものでも合うと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました!!


----------------------------------------------------------------------------------------
静岡のお茶研究センターにて(S. Mahdaria)
私は学ぶことが大好きです!先月の静岡出張の一環として、「ChaOI-PARC」というお茶の研究センターを訪れました。最初は説明がすべて日本語だったので少し戸惑いましたが、最後には同僚たちが英語で要点をまとめてくれて助かりました。
今回の訪問でたくさんのことを学びましたが、その中でも特に印象的だった事実をいくつか共有したいと思います。研究センターでは、日本と海外(中国やインドなど)両方の品種から、2,500種類もの茶の遺伝子を開発しているそうです。毎年6,000もの遺伝子で実験を行っていますが、新しい品種を作り出すにはおよそ13年かかるとのことです。最初に成功した品種の一つが「さやまかおり」です。
最近では、特に鹿児島の抹茶生産者の間で「つゆひかり」という品種がよく使われています。私はてっきり鹿児島で生まれたものだと思っていましたが、実は静岡の品種だったのです!しかし、静岡では農家の高齢化や後継者不足といった問題により、高品質なお茶の生産が難しくなっています。そのため静岡県は、より味が良く収量も多い「やぶきた」から「つゆひかり」への転換を農家に推奨しています。
多くのお茶品種は年に3回の収穫が可能ですが、「つゆひかり」は年に4回収穫することができます。葉が大きく芽も多いため、1回の収穫量が増えるのです。この「つゆひかり」を大規模に普及させるまでに、研究センターは55年もの歳月を費やしました。
しかし、「やぶきた」から「つゆひかり」への切り替えは簡単ではありません。植えてから最初の収穫までに約5年かかるためです。そのため、「もう遅いのでは」と悲観的な見方をする人もいます。だからこそ、鹿児島の若く意欲的なお茶農家たちが自分たちの地域で積極的に「つゆひかり」を生産しているのです。



—----------------------------------------------------------------------------------------
お茶会に行く時 (Seiya H.)
先日私はd:matcha のTea Business Schoolで少しお茶会の話をしました。その時生徒の皆様から、お茶会で必要最低限なマナーを聞かれましたので、今回はそれに関して説明します。
用意するもの
・白靴下
・懐紙
・菓子切り
少なくともこれらは準備することをオススメします。1000〜2000円で準備できると思います。
菓子切りと懐紙においては、お茶会で抹茶を飲む前にいただく和菓子のために使用します。準備されているお茶会もありますが、念の為準備しておいたほうが安心です。白い靴下においては、茶道は原則白足袋で、その理由としては畳の上を歩いても足の裏は真っ白のまんま。つまり床が非常に綺麗という証で、これはお客様のも亭主も履くことになっています。お茶会に参加するときは私服のままでも良いですが、茶室に入る直前に白い靴下に履き替えるのがベストです。実際に着物を着られてお茶会に参加されるお客様も、茶室に入られるまでは旅の上に足袋カバーを重ねて履くなどして、極力白くて汚れのない状態をたもちます。
次に注意点としては、これはお茶会によりますが、点前の席と床から一番近い席に座られる最初のお客様は正客(しょうきゃく)といいますが、ここには座らないことをオススメします。理由としては、正客の方は亭主と会話したり質問しながらその場を盛り上げる役目がありますので、茶道の知識が無いと難しくなってしまいますので、少なくとも他の方が2〜3人最初の方に座られた後に順番に座る事をおすすめします。
最後に、道具の拝見の時間があるのですが、長く見すぎない事になります。お茶会の多くは、現在では数十人のお客様を1日に10数回転しなければならないため、抹茶を飲み終わったら軽く茶道具を見て速やかに次の団体を招く準備にとりかかります。中には待っている間は早くしてと急かされたのにも関わらずご自身が拝見されるときはゆっくり時間をかけるパターンもありましたし、10秒道具を拝見しただけで遅いと怒られた事もありました。
ここまで話すとお茶会は厳しい世界に感じる人といるかもしれませんが、実際は素敵な道具に囲まれながら美味しい和菓子と抹茶を楽しめる空間であることに代わりはありませんし、抹茶以外にも、陶器や道具に興味のある方にとってはとても、貴重な体験になります。
どうしても現代のお茶会では沢山のお客様を招くために時間をゆっくり作るのは大変ですが、一度お茶会を体験してみください。



—----------------------------------------------------------------------------------------
日本茶の歴史 (Misato T.)
お茶が世界へ広がる
チャ(Camellia Sinensis)という植物の原産地は、中国雲南省・ベトナム国境付近の山岳部であろうと推定されています。紀元前2700年頃、神農が薬としてお茶を発見したのが始まりとされ、唐の時代には中国全土に広まりました。
16世紀頃にポルトガル人が中国から初めてお茶を味わい、その後オランダによってイギリスなどへ輸出され、17世紀にはヨーロッパでも普及しました。
インドにおけるお茶の大規模な生産は、1823年、イギリスの冒険家ブルースがインドのアッサム地方で自生の茶樹から「アッサム種」という新しいお茶の品種を発見したことに始まります。インドの気候に適したアッサム種が発見されたことにより、インド各地で大規模なプランテーション農業が展開されていくことになったのです。
日本におけるお茶の始まり
日本にも古くから植物の葉などを煎じて飲む茶があったと考えられますが(今でいうハーブティーのようなもの)、チャ(Camellia Sinensis)が飲まれた明確な記述は815年(平安時代)に見られます。天皇や一部の僧が唐への留学先から持ち帰った茶を飲んでいたと推察されます。その当時のお茶は、現在のお茶とは異なり、当時唐で盛んに飲まれていた「餅茶」と呼ばれるお茶だと考えられています。色も紅茶に近い色をしていたと思われます。
日本における茶の栽培の始まり
1191年、中国で仏教を学んで帰国した僧栄西は、帰国直後に長崎県平戸に日本最初の茶園を開いたと言われています。栄西が記した『喫茶養生記』には、「茶は養生の仙薬なり。延齢の妙術なり。』という文章で始まり、茶がいかに健康に良いかを説いています。
この本の中の記述を見ると、当時の中国で飲まれていた粉末茶と似た方法で飲用されたと見られます。日本ではこののち独自の進化を遂げた「茶の湯」による抹茶文化が繁栄していくのですが、中国では後に葉茶(散茶)が主流となり、このような粉末茶を飲む習慣は途絶えてしまったそうです。
茶の栽培の広がりと禅
栄西は、茶の種子を京都・高山寺の明恵上人に贈り、そこから茶の栽培が京都を中心に広がっていったことは前回お話した通りです。茶が眠気を吹き飛ばすとして、厳しい修業に取り組む僧侶たちに受け入れられていきました。
茶の湯の大成と政治
村田珠光(14022-1502)は、茶道の祖と言われ、一休に師事したことから、茶の湯に禅の思想を加えました。珠光が作った四畳半の茶室は、全体の装飾を簡素化し、茶会に集う人数を絞り込むことで、互いの親しみを深め合う場となりました。
その後、茶の湯は、富を集めた堺の商人たちの間にも広がります。そういった経済的に豊かな町衆の間で、茶道で使う茶道具や茶室に独自の審美眼が養われていきました。
茶の湯を大成した千利休(1522-1591)も堺の豪商の出身です。その頃、織田信長が堺の町衆を屈服させ、数多くの名物茶道具を集めました。このころ、茶の湯が侍による政治に欠かせないものになっていきました。利休は織田信長に仕え、茶会を支える茶頭の一人として活躍しました。
その当時、名物と呼ばれる茶道具の中には、城一つ分に匹敵するほどの価値が付けられました。

国宝-工芸|井戸茶碗(銘 喜左衛門)大徳寺塔頭・孤篷庵/京都

国宝 - 志野茶碗 銘「卯花墻(うのはながき)」三井美術館所蔵

千利休は、織田信長の死後、豊臣秀吉に仕えますが、のちに豊臣秀吉の逆鱗にふれ、切腹を命じられ、1591年にその生涯を閉じます。利休の死後、利休の孫である宗旦の息子3人がそれぞれ、表千家、裏千家、武者小路千家を作り、それぞれの流派が利休の意思を継ぎながら、茶の湯の文化を発展・継承してくことになります。

----------------------------------------------------------------------------------------
畑のこと - 秋整枝と樹勢 (Hiroki A.)
秋整枝とは、通常10月ごろに行われる剪定です。お茶の栽培管理において、特に翌年の一番茶(新茶)の品質と収量を決定づける最も重要な剪定作業の一つです。摘採面を平らに整えることで、機械刈りでの摘採作業を剪定の深さを調整することで、一番茶の新芽の数と新芽一つあたりの充実具合のバランスをコントロールして、品質と収量を最大化します。この選定では多量の秋芽を刈り落とすことになります、多くの場合選定された秋芽は収穫されほうじ茶などの製品に加工されます。このため、秋選定と秋番茶は同じ意味でつかわれることがあります。
この秋選定、上記の目的を達成するために最も考慮しないといけないことがあります。それが茶園の樹勢です。樹勢とは茶園が成長する勢いのことで、樹勢が良好な茶園ほど、大きな葉をつける太い芽が揃って出てきます。一方で樹勢が不良な茶園では、葉の小さな弱々しい芽が伸び、生育が不揃いで葉層が薄く、ひどい時には樹冠が透けて幹が見えてしまうものもあります。茶園の樹勢は様々で、それぞれにあった剪定を行わなければ状況をさらに悪くすることになります。樹勢が良好な茶園では7㎝ほどの葉層を確保して、秋選定を行います。樹勢が弱く、葉層が5㎝未満になってしまうようであるならば、秋に剪定を行わず、春先に剪定を行う春剪定を行います。これにより秋から春までの間、光合成を促進し、樹勢回復を促します。
茶園の樹勢は様々で、その茶園の状態に合わせた管理が必要となります。栽培期間中に被覆を行う被覆栽培などでは、茶園に大きなダメージが加わるため、樹勢が弱まりがちです。高品質な製品を生産するため、茶園の状態をしっかり把握して適当な管理が求められます。
樹勢が良好な茶園

樹勢が不良な茶園

---------------------------------------------------------------------------------------
YOUTUBEチャンネル アカウント名:d:matcha Kyoto Tea School
畑の様子、美味しいお茶の淹れ方などアップしています!一緒に茶の成長を見届けましょう♫チャンネル登録お願いします^ - ^