日本茶の歴史

日本茶の歴史

1.神話の世界に、毒消しとして登場する「お茶」

神話の世界に、毒消しとして登場する「お茶」

茶の歴史は、茶の木の原産地である中国から始まりました。人類がお茶を利用した始まりは、なんと神話にまでさかのぼります。

中国では、伝説の皇帝「神農」が様々な植物を実験的に口にして、その薬効を明らかにしたと伝えられています。その神農が毒消しに使ったのが「茶」であり、史実に登場した当初から、お茶が持つ薬効が評価されていたのです。

2.栄西が京都にもたらした茶が由緒正しい「本茶」

栄西が京都にもたらした茶が由緒正しい「本茶」

日本には、中国からの伝来品として茶が伝えられ、はじめは貴族などの特権階級の間で楽しまれていました。

宋の時代(960-1279)、宋で修行した栄西(1141-1215)は臨済宗の開祖として有名ですが、当時宋で流行していた抹茶を持ち帰り、お茶が健康と長寿のもととなると広めていきました。栄西が持ち帰ったお茶の種子は、京都の栂尾(とがのお)高山寺(こうさんじ)に持ち帰られ、今でも日本最古の茶園が現存しています。また、その系譜に連なる宇治の地が、日本の茶生産・茶文化の中心を形成していきます。

3.日本文化形成の中心となった茶の世界

日本文化形成の中心となった茶の世界

戦国時代が終わりに向かう頃には、「侘び・寂び」に代表される日本人の精神性、また美しい焼き物や現代にも残る茶室など、多種多様な日本文化を形成していく中心に茶の世界がありました。茶の世界を大成した千宗易=利休は、織田信長・豊臣秀吉といった時代を代表する武将たちに仕え、政治の舞台にも登場するほどの存在感を示しました。没後もその孫たちにより、現代にも通ずる表千家、裏千家、武者小路千家といった流派にその精神は受け継がれています。

この時もたらされた抹茶は、寺院で禅僧の僧侶たちが精神修練の助けに用いた他に、禅に影響を受けた武士の間にも広まっていきました。やがて、日本茶は独自の発展を進めます。

4.庶民の暮らしにお茶が登場 煎茶が生まれたのは宇治の土地

庶民の暮らしにお茶が登場 煎茶が生まれたのは宇治の土地

庶民の暮らしにもお茶が浸透してきたのは、江戸時代のことでした。宇治の永谷宗円によって、現代でも飲まれている蒸し製煎茶の製法が確立され、急須を用いてお茶を飲む、という形式が普及し始めます。また、江戸時代には様々なお茶の産地が登場し、日本中で多様なお茶文化が育まれていきました。宇治の土地で、最も高級な玉露の製法が発明されたのもこの時代です。

5.「日本茶」が国一番の稼ぎ頭だった時代

「日本茶」が国一番の稼ぎ頭だった時代

1800年代、長い鎖国が解禁された日本では、世界に向けたお茶の輸出が始まりました。当時の日本においては、生糸と茶が最大の輸出品目で、ピーク時には日本で生産されたお茶の8割以上が輸出されています。その後、第二次世界大戦をきっかけに縮小していきますが、日本のお茶が世界で呑まれていることには、長い歴史があるのです。

6.お茶が健康に良いことの証明から、世界の注目を集める

お茶が健康に良いことの証明から、世界の注目を集める

現代では、もともと経験知として認識されていたお茶の効能・健康への効果などが数々の研究によって明らかにされています。テアニンといったお茶に特有の成分を世界で初めて発見したのは日本人研究者の辻村みちよであり、またカテキンについても4種類あるうちの3種類を日本人研究者が発見しています。科学的にお茶の健康への効果が立証されていき、ますます世界から日本茶への注目が集まっています。

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